(この記事は2011年9・10月号の西陣病院広報誌『西陣病院だより』に掲載する予定のものです)
| 肛門外科 外科部長 宮垣拓也 |
今回は、お尻の三大疾患であるイボ痔(痔核)・キレ痔(裂肛)・アナ痔(痔瘻)以外によく見られる、直腸脱のお話をさせて頂きます。高齢の方が多く住んでおられる地域柄、最近はこのような疾患にお悩みの患者様やそのご家族の方々が来院される機会が増えてきました。当科を「痔が出てるみたいなんです」「脱肛と思うのですが・・・」と受診され、お尻を診察させて頂くとびっくり、実は直腸脱だったというケースも稀ではありません。
直腸脱とは、どんな病態をいうのでしょうか? 読んで字の如し、お尻から少し奥に入ったところの直腸が肛門の外側へ脱出する状態です。脱出した直腸が粘膜のみであれば不完全直腸脱、全層であれば完全直腸脱と呼びます。写真のように直腸が10cm近く飛び出してくる患者様(完全直腸脱)も珍しくありません。
腹腔鏡による直腸脱の手術前と手術後写真
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手術前(直腸が10cm以上脱出している) | 手術後(直腸はきれいに還納している) |
この疾患は乳幼児から高齢の方まで広く見られますが、先に述べましたように高齢の方、特に女性の方に多く見られます。その原因は、肛門の周りを取り囲んで支持している肛門括約筋や肛門挙筋などの筋肉が発育不全であったり、年齢を重ねるにつれて緩んできたりするなど色々言われておりますが、正確な病因・病態はまだ完全には解明されておりません。また、便失禁・尿失禁、子宮や膀胱の脱出を伴うことも少なからずあります。
さてその治療ですが、いきみの禁止や緩下剤・浣腸などで排便コントロールすることで軽快する症状の軽い不完全直腸脱は別として、お薬だけで治療するのは難しく残念ながら多くの場合は手術が必要となってきます。その手術もヒポクラテスの時代から現在まで多くの記録があり、100種類以上の手術法が報告されております。
その中で現在は、手術法がアプローチ法により大きく分けて2種類に分類されております。お尻側からアプローチする経会陰手術と、お腹側からアプローチする経腹手術です。前者はお腹を開ける必要がなく、脊椎麻酔(下半身麻酔)で施行される場合が多いため手術侵襲が少ない利点がありますが、再発(手術して一旦収まっていた直腸がまた脱出してくる)率がやや高い欠点があります。後者は全身麻酔が必要で、お腹を開けるため手術侵襲がやや大きくなる欠点がありますが、再発はほとんど認めないという大きな利点があります。ややこしくなるのでここでは詳しく述べませんが、前者には人の名前がついた多くの手術法(欧米ではほとんど行われていないですが日本では一番ポピュラーなガント・三輪・ティールシュ手術の他、デロルメ手術、アルテマイヤー手術など)があります。また、後者も同様に多数の手術法がありますが、基本的には脱出した直腸をお腹の中から剥離し吊り上げて固定する操作を行います。
ガント・三輪・ティールシュ法(絞り染め式粘膜縫縮+肛門輪縮小術)・・・脱出した直腸粘膜・筋層を縫縮・短縮させた後、肛門周囲にテープ等を通し還納する。
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約4㎝脱出した直腸 | 脱出した直腸粘膜・筋層を口側より順次貫通結紮し、縫縮していく(ガント・三輪法) | 縫縮された脱出直腸は、徐々に還納される |
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| ガント・三輪法終了後、肛門周囲皮下に全周性に太い糸を通し、肛門輪を縮小し、再発を防ぐ(ティールシュ法) | 手術終了時 |
両者にはこのように、それぞれ利点・欠点があります。そこで両者の欠点を補うべく、手術侵襲がなるべく少なく、かつ再発率が低い手術法が考案されました。それが、腹腔鏡下直腸脱手術(直腸固定術)です。この方法は、従来お腹を10cm以上切開して行われていた手術を、腹腔鏡の補助下に行うためお腹には5mm前後の傷が3~4箇所しか残らず、整容性にも優れ、術後の痛みも軽度で体にかかる負担がかなり軽減されます。また、脱出した直腸の間膜をお腹の中で尾骨よりやや上の骨にしっかり固定するので、再発の心配もほとんどありません。当科ではメッシュなどの異物を使用せず、医療用のホッチキスを用いて短時間で簡便に手術を行うことで、なるべく体に負担がかからぬよう努力しております。
腹腔鏡でお腹の中を見た術中写真 |
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直腸が肛門外へ脱出している | 直腸を剥離し吊り上げる | 直腸を骨に固定する
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侵襲が軽いと言われていた従来の経会陰手術は、お尻の周りに傷がつくため思った以上に痛みがあったり、お尻の周りを安静に保つため術後すぐに食事が再開できない場合があったりしました。その点この手術は傷が小さく、お尻の周りには傷がつきませんのですぐに食事が再開でき、入院期間も短期間ですみます。唯一の欠点は全身麻酔が必要なため、心肺機能に全身麻酔に耐えられないような問題がある患者様には行えないことです。
このような腹腔鏡手術の良さが認識されるにつれ、当科では脱出する直腸が長い例や再発例にしか行っていなかったこの手術を、最近ではそれ以外の症例でも積極的に行っております。われわれは以前より、虫垂炎・ヘルニア・胆石症や胃癌・大腸癌などに対して、積極的に腹腔鏡手術を導入してきました。また、前三者の良性疾患を中心に、当科で開発した特殊な道具を使った手術を行い、なるべく傷が目立たぬよう整容性にも留意しております(詳しくは当院のウェブサイトをご参照下さい)。このように蓄積されたノウハウを、直腸脱手術にも充分に応用しております。
この疾患にかかられるのは高齢の方が多く、病気の場所が場所だけに恥ずかしく、命にも関わらないため仕方がないものと諦め、人知れず我慢している方が多いと思われます。ただ、お尻から腸が脱出していると下着と擦れて出血したり痛かったり、便が漏れたり出にくかったり、またトイレの度に脱出した直腸を戻してもすぐ出てきたりするので生活の質が著しく低下します。手術というとすごく大仰なことと思われるかもしれませんが、積年の悩みが一気に解決する可能性がありますので一度お気軽に当科を受診して下さい。
当科では平成20年の肛門外来開設以来、痔核・裂肛・痔瘻中心に多数の患者様のご相談に対応してきました。お尻の病気は若い女性だけでなく、老若男女を問わずかなりデリケートな問題ですが、放っておくと重大なことになる可能性があります。恥ずかしいお気持ちは重々承知しておりますが、そのお気持ちを大切にして真摯に対応させて頂きます。今まで人知れず悩み、やっとの思いで当科を受診し治療を受け「今まで何年も悩んでいたのはなんだったのか?」と漏らされる患者様も多くおられます。直腸脱に限らず、お尻の問題でお困りの患者様・ご家族がいらっしゃいましたら、お気軽な気持ちで当科を受診して下さい。いつでもご相談に乗ります。
肛門外来 受付時間:月曜日および金曜日の12:30から15:30まで
※肛門外来以外の午前・夜間診療でも受診可能です。
| Copyright 2011,06,01, Wednesday
10:50am
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